エピジェネティクス進化論

田原真人

1971年生まれ。

早稲田大学理工学研究科物理学及び応用物理学専攻 博士課程中退。

大学院時代は、非線形動力学をベースにした数理的手法で、生物の形態形成について研究していました。

(当時の研究内容)

細胞性粘菌の集合期において、旧来、次のように考えられてきた。

1)発生段階が進むにつれて、単細胞アメーバは、cAMPに対して興奮性を持つようになる。

2)細胞集団内の個体差により、一部の細胞が興奮性を示す状態から自律的に振動する状態へ移行し、「ペースメーカー細胞」となる。

3)ペースメーカー細胞が、cAMP化学波を自律的に分泌し、そのシグナルを他の細胞がリレーすることでターゲットパターン、または、スパイラルパターンの時空間構造ができる。

4)粘菌細胞は、cAMPに対して走化性を持つため、cAMPの化学波パターンの中心に向かって移動する。

5)細胞集団は集合し、多細胞体になる。

この場合、ペースメーカー細胞と他の細胞との違いは、「個体差」という仮定のもとに押し込められているが、本来、生物には対称性を破り、自己組織化するメカニズムが存在しているのではないかと仮定し、ペースメーカー細胞が存在しなくても、時空間パターンが発生し集合することが可能であることを数理モデルによって示した。

私のモデルでは、次のようになる。

1)各細胞は、本質的に同等である。

2)発生段階が進み細胞が興奮性を示すようになる。

3)細胞の密度が上昇すると、密度がパラメーターになり振動状態へ移行する。

4)密度が高いほど、振動数が高くなる。

5)細胞集団の分布の中で密度が高い部分がcAMPパターンの中心となる。

6)走化性により、細胞が集合することにより、密度に正のフィードバックがかかり、集合プロセスが加速する。

このように考えると、ペースメーカー細胞の存在を仮定しなくても、アメーバーは集合でき、かつ、密度の高いところに集まるので、より合理的な集合メカニズムになっている。実際にある種の非線形微分方程式を使って、上記のようなメカニズムを作ることが可能であることを数理シュミレーションによって確認した。

修士論文「細胞性粘菌Dictyostelium discoideumの密度変化による振動解への分岐」

博士課程での研究

・細胞性粘菌Dictyostelium discoideumのペースメーカーを必要としない集合メカニズム

・振動数の密度依存性により、高い密度のところがcAMPのパターンの中心になり、集合中心となる。

・ペースメーカー細胞ではなく、細胞集団の分布により振動解への転移が起こり、細胞集団全体の相互作用の中で振動中心が決まる仕組みを数理モデルによって示した。

学会発表資料

→ 早稲田大学相澤研究室で一緒だった澤井哲さん(東京大学大学院総合文化研究科准教授)により、2010年に、このストーリーの正しさが実験的に確認されました。リンク

研究を辞め、物理の予備校講師になった後、同僚の生物の先生から、カンメラー、ミチューリン、ルイセンコなどの話を教わり、獲得形質遺伝の歴史に興味を持つようになりました。

僕の興味の中心は、「自己組織化」であり、その結果として生命が誕生して進化したと考えているため、彼らの生物と環境とが密接に関係する生命観にはとても共感しました。

その後、大野乾の遺伝子重複が進化に大きな役割を果たしたという話を知り、ゲノム自体に自分自身を複雑化していくメカニズムがあるのではないかと考えるようになりました。

つまり、そもそも、自分自身を複雑化するメカニズムがあることで、ゲノムの複雑さに正のフィードバックがかかり、より複雑になっていくということなのではないかと思ったのです。

細胞性粘菌で仮定している「密度の正のフィードバック」と同じような仕組みが、ゲノムにも働いているのではないかというわけです。

そのうちに、トランスポゾンの存在を知り、それが、広大なジャンクDNA領域を埋め尽くしていることを知りました。

まさに、トランスポゾンは、ゲノムにおける「複雑さの正のフィードバック」を可能にするものかもしれません。

そして、エピジェネティクスです。

エピジェネティクスは、ゲノムと外部環境との間のインターフェースであるように、僕には思えます。

エピジェネティクスが出てきたことにより、僕が長年考えてきた「自己組織化する生命」は、思考のための道具を得ました。

「ゲノム=体の設計図」幻想が崩れ、発生における柔軟性が、エピジェネティックランドスケープに基づいて論じられるようになると、生命の進化を、非線形方程式の分岐理論の言葉で語ることが可能になってくるでしょう。

ゲノム+受精卵=非線型方程式、 環境=パラメータ

と大雑把に対応させれば、ゲノムが変化しなくても、パラメータが変化することによって、エピジェネティックランドマークが動き、安定状態が変化し、解が分岐し、異なる形質が現れるというストーリーを描くことが可能になるかもしれません。

両生類などで、卵の温度により、生まれてくる子供の性別が決まる場合など、この枠組みでうまくいくかもしれません。

生命科学が、非常に興味深いフェーズに入ってきたことは間違いありません。

エピジェネティクス、情報熱力学、ニューラルネット、複雑系、自律分散システムなど、各領域に蓄積してきた知は、関係性や構造に関する知であり、20世紀の要素還元的で物質主義的なパラダイムを転換する可能性を秘めているように思います。

皆さんからのご意見をいただけるとうれしいです。

田原真人 (2011年1月)

 

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